一、「阿耆尼の泉の伝説」

そして西行を続けた三蔵法師は、阿耆尼(あぐに)国の阿父師泉(あふしせん)に着いたのでした。
泉は道の南の砂崖(さがい)にあって、その崖の高さは数丈で、水はその中ほどから出ていたのでした。
この泉には次のような伝説がありました。

――昔、ここに商人数百人がさしかかり、水がなくなって困っていた。
たまたま一行の中に僧侶がいた。
彼は旅費を持たず、キャラバンの人びとから食事を恵んでもらっていた。

商人たちは、
「この僧は仏に仕えているので、そのためわれわれは供養したのである。万里を行くともかれは行資を払っていない。いまわれわれは水がなくて渇きに苦しんでいるのに、彼は少しも心配していない。一緒に相談してみようではないか」
といった。

するとその僧は、
「貴方がたはもし水が欲しかったら、各自が仏に礼(らい)して三帰五戒を受けなさい。そうすれば、私は貴方たちのために、崖に登って水を作りましょう」
と、答えた。

人びとはみな渇きに苦しんでいたので、ただちにその言に従って戒めを受けた。

やがて僧は、
「では私が崖に上った後、貴方がたは"阿父師、私のために水を下さい"と言いなさい。必要な量の多少によっていいなさい」
といって崖に上った。

しばらくして人びとは教えたとおり、"水を下さい"と叫ぶと、まもなく水が出て渇きを癒すことができ、人びとは大いに喜んだ。
ところが、僧侶はついに戻って来なかった。
そこで人びとが崖に上ってみると僧はすでに死んでいた。
人びとは泣いて哀しみ、西域の法によって遺体を焼き、座っていたところに石や瓦を集めて塔を作った。――
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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