二、「阿耆尼(アグニ)国」

阿父師泉には塔が今もこの地にあって、水は絶えていません。
旅人が往来すると、人びとの多少によって湧き出る水も多かったり少なかったりはしましたが、旅人が通らぬ時にも阿父師泉はぽとぽとと水をしたたらせているのでした。

三蔵法師は翌朝出発してまた一つ、銀山を超えたのでした。
山は非常に高く、その山はみな銀山で、西域での銀銭は全てここの銀によるものでした。

三蔵法師一行は、山の西で群賊(ぐんぞく)に会いましたが、人びとは賊に物を与えたので、それで賊は去って行ったのでした。

こうしてようやく王城のところに到着した三蔵法師一行は、ある川岸に泊まったのでした。
その時に三蔵法師一行に同行していた数十人のイラン系の商人(胡商)は、先に貿易(とりひき)を貪ろうと夜中に密かに出発したのでした。
ところが、十余里あまり行ったところで賊に会って斬り殺され、一人も逃げられませんでした。
翌朝、三蔵法師らは、そこへ行ってみたのでしたが、遺骸が無惨に転がっているのみでした。
彼らが持っていた財貨はなく、人びとは心より悲しんだのでした。

しばらく行くと王都(まち)が見えてきました。
アグニ王は高昌に攻撃されてそれを恨んでいたので、アグニ王は三蔵法師一行に馬の一頭も与えませんでした。

そのため三蔵法師一行は、アグニ国には一泊しただけで出発したのでした。

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