二十五、「バーミヤンからの出立」

シャーナカヴァーシーは五百年、埋まる変わるたびごとに赤色のサンガーティ衣を着て母胎から出てきたのですが、その後にこの赤色のサンガーティ衣が袈裟に変じたということでした。

このように三蔵法師は十五日後にバーミヤンを出発することになったのでした。
二日目には雪に降られ、道に迷って行く先の方角が解からなくなってしまったのでした。
やがて、小さな沙嶺(されい)に至り、運よく量子に会って道を尋ね、黒山(こくざん)を通って迦畢試(カピシー)国(王都はベグラーム)の国境に入ったのでした。

国の周囲は四千余里で、北方は雪山を背にしてありました。
王は刹利(クシャトリヤ)種で、兵略に詳しく威光が備わっていて、十数国を統治しているのでした。
その王都に到着しようとすると、王は、諸僧とともに一緒に城を出て三蔵法師一行を迎えに来たのでした。

ここには伽藍が百余所あり、各寺の僧は互いに競い合ってそれぞれ自分の住む寺に三蔵法師一行を迎えようとしたのでした。
そこにたまたまシャーラカ(沙洛迦)という小乗の寺があり、その寺は、人々の言い伝えによると、「昔、漢の天子がこの国の質子(しつし)としていたときに作った寺である」ということでした。

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