二十六、「シャーラカ(沙洛迦)での出来事 一」

シャーラカ(沙洛迦)の寺の僧が、
「私たちの寺は、もともと漢の天子が作ったものである。いま貴僧は中国から来たのですから、まずわれわれの寺に泊まってください」
といった。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そこで三蔵法師はその寺がなかなか立派な寺で、また同伴していた慧性(えしょう)法師が小乗の僧で大乗の寺に泊まりたがらなかったことから、ついにその寺に泊まることにしたのでした。

さて、そのシャーラカ(沙洛迦)の寺を作ったその質子が寺を創建したとき、彼は多量の珍宝を大神王像(だいしんのうぞう)の足下に埋蔵したと言い伝えられてきていたのでした。
彼は後になってその伽藍を修繕するときの費用に当てようと考えていたのでした。
そこで寺の諸僧は、みな王子の恩を感じ、寺院内のあちこちに質子が描かれているのでした。
また、安居(あんこ)を解く日には、王子の徳を偲んで講誦(こうじゅ)を行って福徳を植え付ける習わしが代々伝えられて、今に至っているのでした。

かつて、この付近に悪王がいたときのことでした。
彼は貪欲で王子が埋めた宝を奪おうと、人を遣わせて大神王の足元を掘らせたのでしたが、そのとき突然に、大地は揺れ動き、さらに大神王の上にある鸚(おうむ)の像が、その発掘を見て羽ばたきをして鳴き叫んだ人のことでした。
そこで王や軍衆は悶え苦しんでみな引き返した人のことでした。

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