三、「屈支(クチャ)国での歓迎」

三蔵法師一行はさらに進んで一つの大河を渡り、西方の平川(ステップ)をなお、数里行くと屈支(クチャ)国(今の庫車(クチャ))の界内に入ったのでした。
三蔵法師一行が王都に、まさに近づこうとすると、王が群臣や大徳僧木叉毬多(モークシャグプタ)らが迎えに来ていたのでした。
また、クチャと近辺の諸僧数千人が、みな、城の東門の外に幔幕(まんまく)を張って、行像を置き、音楽を奏していたのでした。
三蔵法師が到着すると、諸僧はそれぞれ三蔵法師のところへやってきて、慰労の言葉を述べ、またおのおの還って座についたのでした。

やがて一人の僧が美しい花を盤に盛って、そして捧をもって三蔵法師に捧げたのでした。
三蔵法師はそれを受け取ると、散華礼拝(さんげらいはい)し、それが終わると、モークシャグプタの次の席に座ったのでした。
座るとすぐに、またある僧が花を捧げ、ついで、蒲桃奬(グレープ・ジュース)を献じたのでした。

初めの一寺で花と蒲桃奬を受け、ついでほかの寺でも同様の事がなされ、あちこちの寺で饗応されたのでした。
その後、僧徒たちははじめて解散したのでした。

クチャには高昌の人が数十人いて、この地で出家をし、別に一寺に集まっているのでした。
その寺は城の東南にあったのでした。
彼らは三蔵法師一行が高昌からやってきたので、先ずは自分のところの寺で泊まるようにと請うたのでした。
そこで三蔵法師一行は、そこで泊まることとし、王は書僧正(そうじょう)らとともに各々の家に帰ったのでした。

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