三十九、「マンガラ)城の周辺域 その一」

ウジャーナ王は大体、マンガラ城(今のミンゴーラ)にいて、そこは人口も物資も豊富な町であったのでした。
城の東方四、五里に大ストゥーパがあって、奇瑞(きずい)が多いということでした。
ここはその昔、釈尊が忍辱(にんにく)上人(忍辱仙人本生)となり、羯利(カーリ)王(唐に闘諍という)のために、身体を切られたところであったのでした。

マンガラ城の東北へ二百五十里で大山(たいざん)に入り、アパラーラ龍泉(阿波邏羅、無苗(むびょう)の意)に至ります。
ここはスワート河の上源で、南西に流れているのでした。
この土地は寒冷で、春夏もつねに凍っていて、日が暮れると五色の雪が霏霏(ひひ)として降りしきり、そのさまは様々な花を散華しているように見えるということでした。

龍泉の西南三十余里の、河の北岸の大石上には仏足跡(ぶっそくせき)があり、その人の福願によってによって、その大きさに長短があるとのことでした。
これはその昔、釈尊がアパラーラ龍を退治したときにここへその足跡を留めて帰ったということでした。

さらに流れに従って三十余里を下ると、そこには如来の濯衣石(たくいせき)があって、袈裟の文様がはっきりと映っているということでした。

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