四、「モークシャグプタ」

翌日に王は、三蔵法師に王宮へ来るようにと要請をし、三蔵法師はそれに応じて、三蔵法師はつぶさに供養をしたのでした。
しかし、食事になりましたが、その品に三浄(三種の浄肉、大乗は出家の肉食を禁ずる)があったのです。
三蔵法師はそれをとらなかったのでした。
そこで、王は三蔵法師を怪むこととなったのですが、三蔵法師は王に対して次のように言ったのでした。

「三浄は小乗教の許すもので、私が学んだ大乗教では許されていません」
といって、他の品を食べた。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

食事が終わり、城の西北にある阿奢理児(アーシュチャリア)寺(唐では奇特という)に赴いたのでした。
そこはモークシャグプタが住んでいた寺だったのです。
グプタは聡明俊敏でクチャの人びとがみな彼を崇拝しているほどの人物なのでした。
インドに遊学すること二十余年、その学業は様々に通じているものでしたが、特に、『声明(しょうみょう)』に最も通暁していたのでした。

王や国人はみな彼を尊重し、"独歩"と呼んでいたのです。
彼は三蔵法師がやって来ると、ただ、客に対する礼の待遇をするのみで、それ以上は三蔵法師を持て成すことはなかったのでした。
彼は坂象法師を知法の人として待遇しなかったのです。

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