四十七、「迦湿弥羅(カシュミーラ)国とは」

そこで、大乗の学僧ヴィシャッダシムハ(毘戌陀僧訶、唐に浄師子という)、ジナバンド(辰那飯荼、唐に最勝親という)、薩婆多部の学僧スガタミトラ(蘇伽蜜多羅、唐に如来友という)、ヴァスミトラ(婆蘇蜜多羅、唐に世友という)、僧祇部の学僧、スールヤデーヴァ(蘇利耶提婆、唐に日天という)、ジナトラータ(辰那●「口篇に旦」邏多、唐に最勝救という)らは三蔵法師が僧称法師に褒めそやされるのに刺激されて、発奮して、三蔵法師に質問攻めにしたのでした。
しかし、三蔵法師は、その題目を明らかにし、つぶさに応酬してよどむところなく答えてので、彼ら学僧とは言え賢者たちは三蔵法師の実力を認めて敬服したのでした。

カシュミーラ国は、昔、龍池であったのでした。
釈尊涅槃ののち第五十年に、アーナンダ(阿難)の弟子マドゥヤンティカ(末田底迦)阿羅漢(あらかん)が龍王を経化(きょうげ)して池を捨てさせて、ここに五百の伽藍を建て、諸賢聖を集めて中に住まわせ、龍の供養を受けさせたというとのことでした。

その後、ガンダーラ国のカニシュカ王は、釈尊の永眠後第四百年の歳に、脇尊者(パールシュバ)によって、内に三蔵(さんぞう)を極めて、外は五明(ごみょう)に達したもろもろの衆僧を請集し、僧四百九十九人と尊者世友(ヴァストミラ)を結集することになったのでした。

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