五十一、「三蔵法師の答え」

ニコニコ笑っているだけの三蔵法師に向かって同行の人が、

「いま私たちは旅行の衣服や資金を、盗賊にすっかりかすめとられ、ただ生命しか残っていません。私たちは生命からがら助かったのみで、これ以上の困苦はありません。林の中での出来事を思えば悲しみにたえません。ところが、師はどうしてこのことを憂えないで、ニコニコしているのでしょうか?」

と尋ねると、法師はつぎのように答えた。

「人生において最も尊いものは、生命です。生命が助かったのに、何の憂えることがありましょう。わたくしの国の書物に"天地の大宝(たいほう)を生という"としるしています。私たちは生命が助かったのですから、大宝は失われなかったのであり、少しくらいの衣服・金子(きんす)を失っても、なんで嘆くにあたりましょう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

この三蔵法師の言葉で、同行(どうぎょう)の人びとも、無事を悟ったのでした。
三蔵法師の御心はあくまで澄んでいて、その御心は大きく、その三蔵法師の御心を濁そうにも濁せないといった有様なのでした。

翌日、タッカ国の東境に至り、三蔵法師一行は、一大城に到着したのでした。城の西方の道の北側には大きな菴羅(アームラ)(マンゴー)の林があり、その中に齢七百余歳というバラモンがいたのでした。

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