五十二、「七百余歳というバラモン」

三蔵法師は、その七百余歳というバラモンに会いたく、会いに行ってみると歳は三十位に見え、身体は強壮で、その顔は叡智にみなぎっていたのでした。
彼は『中』『百』の所論に通じていて、『ヴェーダ』(吠陀)などの古典にも精通していたのでした。
彼にはまた、二人の侍者がついていて、年齢は各々が百余歳であるということでした。

三蔵法師は、彼に会ってみて、互いに長い間話し合い、非常に喜んだのでした。
バラモンは三蔵法師らが盗賊に遭ったことを聞き、侍者の一人を遣わして、城中の仏法を信ずる人びとに命じて、三蔵法師のために食事を作らせたのでした。
この城中には数十戸の家があったが、仏教信者は少なく、ヒンドゥー教に仕える者が極めて多かったのでありました。

しかし、三蔵法師がカシュミーラ国にいた時、その名は遠くまで鳴り響き、諸国では、みな三蔵法師の名を知っていたのでした。
そこで使者が城中に、

「チーナ(シナ)国の僧がきました。彼はこの町の近くで賊にあい、全ての衣服をとられてしまいました。諸君、どうかいまこそ、善根をまくべきときがきたと悟ってください」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と触れ歩いたのでした。
仏法の福力は素晴らしく、遂に外道(ヒンドゥー教)の人びとの心も改めさせたのでした。

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