五十七、「シュルグナ国から秣底補羅(マテイプ)国へ」

●「穴冠に卒」禄勤那(シュルグナ)国のこの地方には東はガンガー河に臨み、北は大山に囲まれていて、ヤムナ河(閻牟那河)が中央に流れているのでした。

この河に沿って東方へ八百余里ゆくと、ガンガー河の源(シクリク丘陵からインドへ流出する所)に至るのでした。
そこは広さ三、四里で、ここから東南に流れて海に入る所の広さは十余里あったのでした。

ガンガー河の水の味は甘く、細沙が混じっているのでした。
インドの俗書にによるとこれを福水といい、この中で沐浴すると罪障が除かれ、流れをすすり、口をすすぐと全ての病災が消滅し、死者も天に生まれて福を受けるということでした。
そのために、愚かな男女はガンガー河の川辺に集まっているのでした。

しかし、以上の話は外道の邪言であって何ら真実だという実証はないのであった。
この悪習は後にアールヤデーヴァ菩薩(堤婆(だいば))がその正理ほ示したので、それ以来人はこの悪習をやめたのでした。

シュルグナ国に闍耶毬多(ジャヤクプタ)という大徳がいて、よく三蔵を学んでいたのでした。
そこで三蔵法師もここに冬から春の半ばにかけて五か月余り滞在し、経部の『毘婆沙(びばしゃ)』の講義を受けたのでした。

そして三蔵法師は、ガンガー河の東岸に渡って秣底補羅(マテイプ)国へ到着したのでした。

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