六、「モークシャグプタと三蔵法師の論争 二」

するとモークシャグプタは次のように言ったのでした。

「『婆沙(ばしゃ)』などの経典は、お前にはまだ理解できていまい。どうしてその教えが深くないというのか?」
「師は今『婆沙(ばしゃ)』を解しますか?」
「もちろん私は尽(ことごと)く解することができる」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そこで三蔵法師は、最初に『倶舎(くしゃ)』の初めの文をひいてグプタに尋ねるのでした。
ところが、グプタは最初から間違ってしまう有様なので、三蔵法師は次々とグプタに尋ねるのでした。
そして、グプタは顔色を変えてしまったのでした。

「こらこら、べつのところを聞きなさい」
とグプタは言ったのでした。

三蔵法師は、ほかの一文を尋ねましたが、此れもまたグプタは分らず、ついには、
「そんな句は『論』にはない」
と言い出す始末なのでした。

ところで、その傍らには王の叔父にあたる智月(ちげつ)という経論を介する人物がいたのでした。

「いやその句は『論』にありますよ」
と智月は言って、本を取り上げ読み上げたのでした。

グプタはすっかりと恥じ入り、
「年老いて忘れてしまった」
というのが精いっぱいなのでした。

三蔵法師がそのほかの部分を訊いてもグプタは適当な解釈が出来なかったのでした。

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