六十、「ヴィマラミトラ(毘末羅蜜多羅)論師」

サムガバトラの没後に、マンゴーの林にストゥーパを建てましたが、それは今も現存しているのでした。

林のそばにはもう一つのストゥーパがありました。
これはヴィマラミトラ(毘末羅蜜多羅)論師(唐に無垢弥〈友〉という)が永眠したところなのでした。
論師もカシュミーラ国の人で説一切有部(せついっさいうぶ)において出家して、五インド(五天竺、インド全土の意)に遊学して三蔵を極めた人なのでした。
師かまさに本国に帰ろうとした時、たまたまサムガバドラののストゥーパを通り、サムガバトラが自身の著述をまだ顕揚しないうちに、たちまち逝去してしまったことに対して同情をし、自ら誓って、

「さらに所論を作って大乗の理論を破り、世親の名を滅し、論師の趣旨を永遠に伝えよう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と言ったのでした。

ところが彼がその言葉を吐き終わると、頭がすっかり狂って五舌は口から出たままの状態になり、身体中の血が流れたのでした。
彼は、この苦しみの源が、先の言葉にあると知り、書を切って懺悔し、同行の僧侶にも、

「大乗を謗(そし)ってはならぬ」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と言って、その言葉を言い終えると絶命してしまったのでした。

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