六十四、「天下の平定」

シーラディトヤ王はついに彼の兄の仇を討ち、インドを席巻して彼の威風の及ぶ所、礼教のうるおす所、王に帰服しないところはなく、彼は天下を平定し、人びとの生活を安定させたのでした。
そして、天下を平定させた後は武器を収めさせ、福業を営んだのでした。

王は国内に勅して殺生を禁じ、人びとに肉食を禁じ聖跡がある所にはすべて伽藍を建てさせたのでした。

毎年、二十一日間は、あまねく僧侶たちに供養をし、五年に一度、無遮(むしゃ)の大会(たいえ)(五年ごとに道俗を問わずにみな平等に法財の二施を行う法会(ほうえ))を行い、国庫に積む財産はすべて寺僧に施したのでした。
その行為はまさしく兄スダーナ(尸毘国王子の須達拏)のようであったとのことでした。

城の西北に高さ、二百余尺のストゥーパがあり、また、東南六、七里、ガンガー河の南にも高さ、二百余尺のストゥーパがあり、ともにアショカ王が造ったものなのでした。
これらは、みなその昔、釈尊が説法をされたところなのでした。

三蔵法師はその国に入ってからは、バドラヴィハーラ寺(跋達羅毘訶羅寺)に三か月滞在し、ヴィールヤセーナ(毘離耶犀那)三蔵によって、ブッダダーサ(仏使)の『毘婆沙(びばしゃ)』、スールヤヴァルマン(日冑)の『毘婆沙』を読み終わったのでした。

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