八、「艱難辛苦の末、凌山を越える」

その後、三蔵法師は六百里進み、小さな砂碩(させき)を過ぎて、跋禄迦(パルカ)国(今の温宿(アクス))に一泊したのでした。

そこからさらに西方へ行くこと三百里、砂碩地を過ぎてとうとう凌山に到着したのでした。

凌山は葱嶺(パミール)の北遇にあったのです。
凌山は険峨(けんが)で天に至るほどの高山なのでした。
天地開闢以来、氷雪が集まって積氷となり、その積氷は夏になっても解けず、氷河となって天に連続して繋がっているようで、仰ぎ見ると皚然(がいぜん)として果てしなく伸びているのが眺められるばかりであったのでした。

三蔵法師たちが行く道には氷河が崩れて、そばに横たわるものは、高さが六百尺にも及び、または、広さが数丈に及ぶものがあったのです。
このために、山道は凹凸が激しく、この峠を越えるのは一苦労なのでした。

風雪は吹きすさび、履(くつ)や裘(かわごろも)を重ねても重ねても寒さはどう仕様もなく、ただ、慄くばかりなのでした。
時が来て、眠ったり食事をしたりするのにも、周り全てが乾いているところがなく、難儀したのでした。
仕方なく釜を焚いて飯を炊き、氷を寝床にして眠るしかなかったのでした。

七日の山旅の末に、ようやく山道を抜けることが出来たのでした。
一行のうち、十人に三、四人は凍傷にかかり、牛馬はそれ以上の惨状だったのでした。

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