十一、「室羅伐悉底(シュラーヴァスティ)国 二」

煉瓦質の室の中には金像があるのでしたが、これは昔、釈尊が天に昇って母のために説法したときに、プラセーナジット王が仏を慕う心もだしがたく、ウダヤナ王が栴檀(せんだん)像を作ったということを聞き、この金像を作ったと言われているのでした。

伽藍のやや後方には、外道の男が女性を殺して仏を非難した所なのでした。
伽藍の東百余歩に大きな穴があって、ここはデーヴァダッタ(提婆達多)が毒薬で仏を殺そうとし、生身のままに地獄に落ちたところなのでした。
そのみなみの大穴は、僧コーカーリカ(瞿伽梨)が仏を非難して生身のまま地獄に落ちた所なのでした。
この穴の南八百余歩にもまた大きな穴があり、これは外道の女チンチャー(戦遮)が仏を非難して生身のまま地獄に陥った所なのでした。
これらの三つの穴い、どれもが深くて除いても底が見えないのでした。

伽藍の東七十余歩に精舎(しょうじゃ)があって、それは高く大きく中には仏像が東面して安坐しているのでした。
ここは、昔、如来が外道とともに論議された場所なのでした。
さらに東方に天祠(てんし)(ヒンドゥー教の祠(ほこら))があって、そのおおきさは精舎と同じなのでした。

太陽が移動するにつれて、天祠の影は精舎には届かなかったとはいえ、精舎の影は常に天祠を隠しているのでした。

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