十二、「室羅伐悉底(シュラーヴァスティ)国からカピラヴァストゥ国へ」

精舎の東方に三、四里にもストゥーパがあり、ここは、シャーリプトラ(舎利子)が外道と議論した所なのでした。

大城の西北六十余里に古城があって、ここしは天地の成立以来(賢劫中)人人寿(じんじゅ)二万年のとき、迦葉波(カーシャパ)仏のの父の城であったのでした。
カーシャパ仏が悟りを開いた後に、初めて父にあった所なのでした。
城の北に塔があり、塔の中にはにはカーシャパ仏の全身の舎利があって、ともにアショカ王が建てたものなのでした。

室羅伐悉底(シュラーヴァスティ)国から東南へ行くこと八百余里で劫比羅伐●「穴篇に卒」堵(カピラヴァストゥ)国に至ったのでした。
国の周囲は四千里あって、都城の周囲は、十余里ほどで、ともに荒れ果てていたのでした。

宮城は周りが、十五里あり、煉瓦造りで極めて堅固に出来ていたのでした。
内部には、まず、浄飯(スッドーダナ)王(釈尊の父)の御殿の遺跡があり、その上に寺を建てて、中に王の像が置かれているのでした。
その北の遺跡はマーヤー夫人の寝殿で、ここにも寺がたっていて、内部に夫人の像が祀られているのでした。
そのそばにも寺があって、ここは釈尊菩薩が母胎に降臨なされた所で、内部には、菩薩降生(こうしょう)の像が置かれてあったのでした。

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