十三、「カピラヴァストゥ国から藍摩(ラーマグラーマ)国へ」

上座部によると、菩薩は、ウッタラアーサーダ月(インドの四月)の三十二ツの夜に、母胎は降神(こうしん)し給うたということなのでしたが、これは今の五月十五に当たります。
ところが、その他の諸部は、ウッタラアーサーダナ月の二十三日としていて、これは今の五月八日に当たるのでした。

東北にストゥーパがありますが、ここは阿私陀(アシタ)仙人が太子を占ったところなのでした。
城の左右には、太子が多くのシャカ族の人々と相撲をしたところなのでした。
また、太子が馬に乗って城から出られる所や、四門から出て、老・病・死人をみ、人生の無常を嫌って駕(かご)を引き返された所なのでした。

ここから東方へジャングルの中を五百余里ゆくと藍摩(ラーマグラーマ)国(ネパールの境か、中インドの境)に至ったのでした。
ここは住民が少ない所でした。旧市街の東南ニ煉瓦製のストゥーパがあり、高さは、五十余尺、如来が涅槃の後に、この国の先王が舎利を分け与えられて、帰国して造ったもので、いつも光を放っているのでした。
そのそばに瀧池があって、瀧は時々姿を変えて人に変化し、塔の周りを、経を読みながら廻り歩き、野象は花を持っていつも供養に来ているのでした。

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