二十三、「摩掲陀(マガダ)国 四」

これらの真ん中に金剛座(こんごうざ)があったのでした。
天地埀百の時、大地とともにできたものであるといものでした。
これは三千大世界の中央にあり、下は金輪(こんりん)を極め、上は地の果てに等しく、金剛(ヴァジュラ)で形造られ周囲は百余歩であったのでした。

金剛という名は、この座の堅固で壊すことが出来ずに、よく万物を破壊し得ることから由来していたのです。
もしこの所に依らなければ、仏陀は地上に留まることが出来なかったはずなのです。
もし金剛で座をつくらなければ、大地は金剛定(こんごうじょう)を発するに堪え切れないのでした。

従って諸仏が、降魔成道(ごうまじょうどう)しようとすれば、かならずここにいるのであって、もしほかの所にいると、かならず大地が傾き割れてしまうのでした。
そこで天地開闢以来、千仏は、みな金剛座につくのでありました。
それを成道(じょうどう)の所の道場ともいうのでした。
世界が傾き由来でも、この場所だけは絶対に動かないということなのです。

ここ一、二百年来、衆生は福縁薄く、補第樹下に行っても金剛座を見ることが出来なかったのでした。
仏涅槃の後、諸国の王は二体の観自在菩薩像(かんじざいぼさつぞう)を金剛座の南北の境界の標として東向きに座らせたのでした。

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