二十五、「摩掲陀(マガダ)国 六」

ちょうどその日は夏坐(げざ)のとかれる日で、遠近の衆僧が数千人ここへ集まっていたのでしたが、みな三蔵法師を見て、もらい泣きするのでした。
弧の付近は、一ヨージャナ(踰繕那、由旬(ゆじゅん)におなじ。
一ヨージャナは七.三キロメートル)には、数多くの聖跡(せいせき)がありました。
三蔵法師は、ここに八、九日滞在してあまねくそれらの聖跡を巡り歩いて、礼拝(らいはい)したのでした。

十日目に那爛陀(ナーランダー)寺の人びとが、四人の徳大をつかわして法師を迎えにきたので、三蔵法師は一緒に行くことになったのでした。
七ヨージャナ進むと、ナーランダー寺の荘園(しょうえん)に着いたのでした。
ここは尊者(そんじゃ)目連(もくれん)が生れた村なのでした。
三蔵法師はここで食事をしたのでした。
しばらくすると、さらに二百余人の僧侶が千余人の信者と旗や日傘や花や香を持って出迎えに来て、みなが法師を褒め称え、三蔵法師の周りを取り囲みながら、ナーランダー寺に入ったのでした。

ナーランダー寺の衆僧は既に集まっていて、ともに三蔵法師と会見したのでした。
上座の上のほうに別の床几(しょうぎ)を置き、三蔵法師にはそこに座らせて、衆僧の各々も座に着いたのでした。

このページの先頭へ