二十六、「摩掲陀(マガダ)国 七」

衆僧が座り終わると維那(ゆいな)が板木(はんぎ)を打って衆僧に、

「いまより法師はこの寺に住むことになった。寺の中のすべての僧が用うる法物・道具はことごとく共用である」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と唱えさせたのでした。

それから教律をよく理解して、威儀正しい老人でもなく、また、余り若くもない僧二十人が選ばれ三蔵法師を連れて正法蔵(しょうほうぞう)に会見させたのでした。
正法蔵とはすなわた、戒賢(かいけん)法師(尸羅跋陀羅(シーラバドラ))のことで、人びとはかれを尊重して彼の名を呼ばすに、正法蔵と呼んでいるのでした。

このように三蔵法師は人びととともに正法蔵に拝謁(はいえつ)し、師事することになったのでした。
そこで三蔵法師は極めて恭しく敬礼し、インドの作法に従って膝と肘で進み、足を鳴らし、頭を床に付けて礼拝(らいはい)し、低調に挨拶と尊敬の言葉を述べたのでした。
すると正法蔵は広く牀座(しょうざ)をおかせて、三蔵法師や諸僧を座らせて、

「そなたは何処から来られたか」

と尋ねた。

「私伊はチーナ国から参りました。師のもとで『瑜伽論(ゆがろん)』を学びたい一心でやってまいりました」

と答えると、正法蔵は聴き終わって涙を流し、弟子の仏陀跋陀羅(ブッダバドラ)(唐に覚賢という)を呼んだ。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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