三、「賊にあう 二」

ドゥルガー神に仕えるその賊たちは、毎年秋にハンサムな男を求め、その男を殺してドゥルガーに血肉を供え、幸福を祈るのが習わしであったのでした。
賊たちは三蔵法師を見つけて、三蔵法師が姿美しく礼儀正しく、身体つきもよかったので、

「今年はドゥルガー神を祭るときが過ぎようとしているのに、適当な人が得られなかった。しかし、この坊さんはなかなかハンサムではないか。こいつを殺して祭りをしよう。これこそ良いことではないか」

と互いに喜びあった。

法師は、

「私の穢(けが)れた身体で祠祭(いけにえ)にあてることができるのならば、私も惜しいとは思わぬ。しかし、私がこうして遠くのこの国へやってきたのは菩提樹(ぼだいじゅ)像や耆闍崛(グリドウラクータ)山(王舎城東北にある釈尊が説法した山)を礼拝(らいはい)し、同時に仏教を研究し経典を求めたいと思ったからである。この志(こころざし)をまだ達していないのに、貴方(あなた)たちが私を殺しては、けっしていいことはないでしょう」

と答えた。

船中の人びともみな命請(いのちご)いをし、なかには身代わりを乞(こ)うひともいたが、賊は許さなかった。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そして賊の首領は部下に水を汲ませて、百花が咲き乱れている所に穴を掘って壇を作り、そして、その壇に泥を塗って表面をきれいにしたのでした。

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