三十八、「ナーランダー寺 九~阿難と迦葉~」

阿難(アーナンダ)は迦葉(カーシャパ)この命令をうけて、仏涅槃の山の方に向かって恭しく頭を下げて、座に上って経を誦(ず)したのでした。
衆僧は、言葉に従ってこれらを記録していったのでした。
一切経が記録し終わると、次はウパーリ(優波離、持律第一)に命じて、ヴィナヤ蔵を口誦(こうじゅ)せしめたのでした。
すなわち一切の戒律であったのでした。
これが終わると、最後に、迦葉(カーシャパ)みずからアビダツマ蔵を誦(ず)したのでした。
すなわち一切の論議であったのでした。

こうして三か月の安居(あんご)中に、ことごとく三蔵を集め終わり、これは貝葉(ばいよう)に書いてあまねく流通させることができたのでした。
そこでもろもろの聖僧は喜び、

「私たちはここに集まっておのおのの仏恩に報ずることができた。今日、釈尊の教えを聞くことができるのは、まさに結集(けつじゅう)のおかげである」

といった。

この結集は大迦葉(カーシャパ)が僧中の上座にあったので、上座部(じょうざぶ)と名づけている。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

また、この竹林の西二十里にストゥーパがあって、それもアショカ王が建てたものなのでした。
ここは大衆部(だいしゅぶ)の人びとが集まったところなのでした。

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