五、「賊にあう 四」

トゥシタ宮に至ったような気がした三蔵法師は、そのときの三蔵法師の身心ともに歓喜して犠牲壇(ぎせいだん)の上に現在いることも、賊のいることも、憶(おも)わなかったのでした。
同行の人びとは声を上げて慟哭しているのでした。

しばらくの間に、四方に黒風が起こり、樹を折り、砂を飛ばし、河流には波が起こり、舟は漂い、そして転覆してしまったのでした。
賊たちは大いに驚き、

「この僧はどこから来た人か、名は何というか」

と同行の人びとに尋ねた。

人びとは、

「この方こそ、チーナ国から求法(ぐほう)のために来た人である。もし諸君があのかたを殺せば無量の罪を得よう。見よ、この風波の立ち騒ぐさまを、天神はすでに怒っている。よろしく急いで懺悔(ざんげ)すべきときでしょう」

というのを聞いて、賊は恐れをなし、あい率(ひき)いて懺謝(くいあや)まり、頭を地にすりつけんばかりにして帰依(きえ)した。
ところが法師は覚めなかったので、賊が手で触れた。

すると目を開いて、

「いよいよ最後のときがきたのか」

と尋ねた。

賊は、

「いやもう私たちは師を害しません。どうか私たちの懺悔(ざんげ)を受けてください」

といった。法師は彼らの詫びをを受け入れ、

「殺人(さつじん)や強盗(ごうとう)、邪神に仕えることやもろもろの不善をすれば、未来は無間(むけん)(阿僧企耶(アサンクヤ))の苦を受けるだろう。電光や朝露のようにはかない人生を、なにゆえ悪事を働いて無間の長い苦の種を作るのか」

と説法したので、賊たちは頭をたたいて感謝していった。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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