八、「コーシャンビー国の様子」

コーシャンビー国には伽藍が十余カ所、僧侶が三百人ほどいたのでした。
城内の故宮の中に高さ、六十余尺の大精舎があって、その内部には栴檀(せんだん)を刻んだ仏像があり、その上に石豚がかかっていたのでした。

これは?陀衍那(ウダヤナ)王(唐に出愛という)の造ったものでした。
昔、如来が●「りっしん篇に刀」利天(とうりてん)に行って、夏の間母のために説法をしてことがあったのでした。

このとき王は如来を慕い目連(もくれん)に頼み、工芸家を連れて天に昇り仏の尊顔と姿を見て、地上に帰ってから紫檀(したん)を彫刻し、仏像を刻み込ませたのでした。
世尊(せそん)が●「りっしん篇に刀」利天から帰ってきたときに、この像は仏を迎えたというのが、まさにこの仏像なのでした。

城の南には古い家があり、これは瞿師羅(ゴーシラ)長者の住んだ家だということでした。
さらに南方にあまり遠くない所に古い伽藍があり、ここは長者の荘園だったという。
中には高さ、二百余尺のストゥーパがあり、アショカ王の造ったものであるという。
城の盗難にある二階の建物は世親(せしん)が『唯識論(ゆいしきろん)』を著した所で、東方のマンゴー林に建物の跡があったのですが、ここは無著(むじゃく)菩薩が『顕揚論(けんようろん)』を作った所であったのでした。

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