十三、「駄那羯磔迦(ダーニャカタカ)国の二人の論師」

仏涅槃千年は、いつもこの大伽藍の中に千人の凡僧がいて、ともにやって来て安居(あんご)し、安居が終わるとみな羅漢となり、虚空(こくう)を飛んで去ったとのことでした。
千年後には賢聖と凡僧がともに住んでいたのでした。

ところが、今から百余年前から、山神がその性質を変えて旅人を苦しめるようになって、人びとはみな畏怖を覚えて、敢えてこの山に入る者はいなくなってしまったのでした。
そのために、いまはことごとく荒れ果てて、寂(せき)として一人の僧侶もいないのでした。

城の南方ほど、遠からぬところに、一つの大きな石山があったのでした。
ここはパーヴいヴェーガ(婆毘吠迦、唐に清弁という)論師が、阿素洛(アスラ)宮に住んで、慈氏(じし)菩薩の成仏(じょうぶつ)を待ち、疑いを決しようとした所なのでした。

三蔵法師はこの国で次の二人の法師に会ったのでした。
一人は、スブフーテい(蘇部底)といい、もう一人は、スールヤ(蘇利耶)といい、ともによく大衆部の三蔵を理解しているのでした。

そのために、三蔵法師は、ここに数か月滞在し、大衆部の『根本阿毘達磨(こんぽんあびだつま)』などの論を学んだのでした。
彼らもまた、三蔵法師について大乗の緒論を学び、ついには志を同じくし、一緒に聖跡を巡礼することになったのでした。

このページの先頭へ