二十五、「恭建那補羅(コーンカナプラ)国」

ドラヴイダから三蔵法師は、シンハラ国の僧七十余人とともに、西北方へ向かって各地の聖跡を巡礼したのでした。
そして、そこから二千余里進んで恭建那補羅(コーンカナプラ)国(南インドの境)に至ったのでした。
ここには伽藍百余か所、僧侶一万余人がいて、大小乗をともに学んでいるのでした。
また、天神を祀(まつ)る外道(げどう)もたくさんいたのでした。

王宮の側には大伽藍があり、ここには僧侶が三百人いて、みな博学で文才があったのでした。
この寺院の中に一切義成太子(シッダールタ)の宝冠があるのでした。
高さは、二尺足らずで、宝石箱に入れられてあって、祭日のたびにその宝冠を取り出し、高台の上に置くのでした。
これを至誠を込めて礼拝する者は、異光を感ずることが多いとのことでした。
城の側の伽藍に精舎(しょうじゃ)があって、内部に高さ、十余尺の慈氏観音の白檀像(びゃくだんぞう)があったのでした。

これはソーナコーテいビーサ(聞二百億)羅漢(らかん)が作ったもので、時々その像から光瑞(こうずい)があらわれるということでした。

城の北に多羅(ターラ)樹(棕櫚の一種、この葉を貝多羅(ばいたら)ていい書写に用いる)の林があって、周囲、三十里余りで、葉は、長く色合いも良く、諸国で文献を抄写(しょうしゃ)するのに最も良いとされているものなのでした。

このページの先頭へ