四十四、「順世派のある外道 一」

正法蔵(しょうぼうぞう)はこの王からの親書を読み、衆僧を集めて評議を行い、海慧(サーガラマテイ)、智光(ジニヤナプラバ)、師子光(シムハラシユミ)と三蔵法師の四人を選び、王の命に応ずる次第となったのでした。

海慧(かいえ)らは、この名を受けてみな心配になったのです。

しかし、三蔵法師は、

「小乗諸部の三蔵は、私の国でもおこなわれておりますし、カシュミールに入って以来、各地で遍(あまね)く学びつくして私はことごとく知っております。もし誰かがその教えで大乗の教義を破ろうとしても、そんなことができるはずはありません。私は学浅く智恵もありませんが、かならず説き伏せてみせます。どうかご心配なく。もし万一(まんいち)敗れたとしても私は支那の僧なので、貴方(あなた)がたがの名声には傷がつきません」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

といったので、人びとはみな喜んだのでした。

ところが、暫くすると王から再び次のような親書が届いたのでした。

「さきに諸体徳を要請(ようせい)したが、すぐによこさないでいただきたい。またあとで通知するからそのとき送ってください」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そのころ、また、順世派(快楽主義)のある外道がナーランダー寺にやって来ていて、論争を求めたのでした。

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