七、「サマタタ国、室利差怛羅(シュリークシェートラ)国、迦摩浪迦(カーマランカ)国」

三摩怛●「口篇に屯」(サマタタ)国の城の近くにアショカ王が建てたストゥーパからあまり遠くない所に伽藍があり、中に高さ、八丈の青玉の仏像が安置され、その相好はなかなか端厳(たんげん)なのでした。
この像は、何時も自然に妙なる香りを放ち、その香気は院内に満ちて、また、像から発する五色の光は、ときに天を照らしていたのでした。
そこでこの像を見聞した人びとは、みな深く道心を発するのでした。

この国の東北方には、海辺と山の間に、室利差怛羅(シュリークシェートラ)国(ビルマのプロームか)があり、その東南方の海岸には迦摩浪迦(カーマランカ)国(マレー半島のパタニか)があったのでした。
さらにその東方には、墮羅鉢底(ドヴァーラバテい)(メナム河河流地方?)、伊賞那補羅(いシャーナプラ)国(メナム河下流の真臘?)、摩訶瞻波(マハーチャンパー)国(これは林邑という)の諸国があり、その西に閻摩那洲(ヤヴァドヴイパ)国(今のジャワ島)があったのでした。
およそこれらの六つの国はいくつもの海山を越えた遥(はる)か彼方(かなた)にあり、そこに行かずともその風俗の低さは想像するに難くない。

さて、このサマタタ国から西方へ九百余里ゆくと、耽摩栗底(タームラリプテい)国(東インドの境)があったのでした。

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