九、「烏荼(ウダ)国、師子(シンハラ)国、恭御陀(コーンゴーダ)国、カリンガ国」

烏荼国には、伽藍が百余か所、僧徒が一万余人もおり、大乗の法を学んでいるのでした。
また、天神を祀(まつ)る外道もいて、正邪の徒が雑居していたのでした。
ここはストゥーパが十余か所にあって、これもまた、みなアショカ王が建てたもので、いまでも霊験(れいげん)が起こるということでした。

この国の東南境に、インド洋に臨んで折利●「りっしん篇に旦」羅(チャリトラ)(これは発行という)があるのでした。
そこは海路につこうとする商人や遠方からやってきた旅人が行き来し、滞在する港町でした。

かのシンハラ国はこの町から南方二万余里にあるといわれ、静かな雲のない夜に遥かに南方を望むと、つねにシンハラの仏牙ストゥーパの宝珠が煌煌と光り輝き、その有様はまさに空中の星空のようなであるということでした。

ここから西南方へ大きなジャングルの中を進んで行くと、千二百余里で恭御陀(コーンゴーダ)国(東インド)に至るのでした。
さらに西南のジャングルを行くこと千四、五百里で羯両●「食の旧字篇に菱」伽(カリンガ)国に着くのであった。
ここには伽藍十余か所、僧五百余人がいて、上座部の法を学んでいるのでした。
この国はかつてきわめて人口が多い国なのでした。

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