十六、正法蔵(しょうぼうぞう)

多くの寺院などが荒廃していて、中には残っているものもありましたが、しかし、それらの大部分は、小乗仏教か外道(げとう)の寺ばかりという現状を見て、はるかに大乗仏教を求めてはるばる中央アジアの険峻を踏み越えてやってきた玄奘三蔵の心は如何ばかりであったのかは、言語に尽くせぬ思いだったことだろう事は簡単に想像されます。
朽ち果てんとする金剛座の前で、玄奘三蔵は異国の僧がもらい泣きするほどに号哭(ごうこく)したのでした。

かくして満三年の旅路を経て、マガダ国に到着した玄奘三蔵は、まもなくインド第一の大乗学の中心、ナーランダー寺において「正法蔵(しょうぼうぞう)」とと尊称されている大徳、戒賢法師につき、五年にわたる研究生活に没頭する事になったのでした。

当時、百六歳の正法蔵は、奇しくも三年前、重症のリウマチに罹り、みずから食を断って死のうとされたほどであったのですが、たまたま夢に三人の天人が現われ、「シナの僧が瑜伽(ゆが)の法を広めようとやってくるから、生きながらえて教えるように……」と悟られたとのことであったのでした。
弟子のブッダバドラからこの話を聞いた玄奘三蔵は、今更ながらに仏の有り難さに胸を打たれたのでした。

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