三十五、玄奘三蔵の業績 二

玄奘三蔵は、以上のような大事業を行うべく、唐朝の絶大な保護を受けていたのでした。
翻経の証義(しょうぎ)、綴文(ていぶん)、淨書(じょうしょ)のために、全国から二十三人の大徳が玄奘三蔵の下に集められ、皇太子によって建立(こんりゅう)された大慈恩寺にも翻経院も設けられて、玄奘三蔵の訳経のの道場とされ、大慈恩玄奘三蔵のの称はこれに因んだものです。

しかし、玄奘三蔵がインドから粒々辛苦(りゅうりゅうしんく)して将来した経典を以上のように大規模に組織化された機構で行っていたのは、玄奘三蔵の政治力によるところ大であったに違いありません。

また、集まった大徳たちが十分に力を発揮できたのは、玄奘三蔵の並々ならぬ豊かな学識と崇高な人柄によって、すべての力を結集させて大事業を成し遂げた事に違いありません。

太宗(たいそう)に引き続き、高宗(こうそう)にも厚く信任された玄奘三蔵は、この画期的な一大翻訳事業に自己の情熱と智慧を全身全霊を注ぎ込んだのであったのです。
(完)

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