二、「ジャイナ教徒の占卜(せんぼく) 二」

「私はなんとかして帰国したいと思うのですが、経文や仏像もたくさん持ってゆきたい。どうしたらよいのか……」

「その点はご心配無用です。ハルシャヴァルダナ王とクマーラ王がみずから人を遣(つか)わして師を送ってくださるでしょう。それで師はかならず中国に返れます。心配はいりません」

「いや、私はそれら二人の王には、まだお会いしたこともない。どうしてそんなに世話をしてもらえるのだろうか」

「クマーラ王はすでに使いを送って法師のおいでをお待ちしています。その使いは二、三日でやってくるでしょう。クマーラ王にお会いになれば、かならずハルシャヴァルダナ王にもお会いになれましょう」

こう言い終わると、行者は立ち去った。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

さて、いよいよ三蔵法師は帰国を決意し、経典や仏像の荷造りに取りかかったのでした。
ナーランダー寺の諸僧はこれを聞いて、みなここにやってきて住み付くように勧めたのでした。

「インドは仏陀(ぶっだ)の生まれた所で、仏陀はなくなられたが、まだ多くの遺跡が残っています。
あちこち巡遊礼拝して余生を楽しむこともできるでしょう。
どうしてここまできて、そうしないのですか。
また支那国のムレッチャ(蔑戻車、辺地の意)の地で、賢人を軽んじ仏法を賤(いや)しむ国であるから、諸仏も生まれないのです。
人の心が狭く穢(けが)れているため聖賢は寄りつかないのです。
しかも気候は寒く、土地は険(けわ)しいとのこと、いまさら慕(した)うほどの国ではないではありませんか」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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