二十三、「大施場(だいせじょう)」

二十一日に出発してプラヤーガ国に向かい、大施場(だいせじょう)に着いたのでした。
ここはガンガー河が北にあり、ヤムナ河が南にあり、ともに西北から東流してきて、ここで相会(あいかい)するのでした。
その二河の合する所のの西に大祭場があるのでした。
周囲は、十四、五里で平らなことは鏡の如くであったのでした。
むかしから、諸王はみなその地において施(ほどこし)をおこなうので、施場といわれているのでした。

伝説によれば、この地で一銭を施せば、ほかの所で百千銭施すことより勝(まさ)る功徳(くどく)あると言われていました。
そのために古来より重んぜられていたのでした。

王は勅(みことのり)を発してこの祭場に施場を建てさせたのでした。
蘆(あし)を立てて籬(まがき)とし、四方おのおの千歩、中に数十間の草堂を作り、いろいろな宝物を貯蔵したのでした。
それらは金、銀、真珠、紅玻璃(こうはり)、宝帝青珠(こうていせいじゅ)、大青珠などであったのでした。
そのそばにまた長屋数百軒を造り、中に絹衣(●「りっしん篇に喬」奢耶衣(きょうしゃやい))・班文の毛織物金銀銭等を貯えたのでした。
籬の外には別の炊事場を作り、宝庫の前にはさらに長屋数百軒を建てたのでした。
その形は京師の市街に似ていて、おのおのの長屋に千余人を収めることができるのでした。

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