二十四、「施し 一」

既に前から王は勅(みことのり)して全インドの沙門(しゃもん)、外道(げどう)、尼乾(にけん)、貧窮(ひんきゅう)、孤独(こどく)の人びとに告げ、施場(せじょう)に集まって施しを受けるように伝えたのでした。
法師の曲女城(きょくじょじょう)の会に集まって、そのまま帰らずに施場に集まるものもいて、十八国の王また王を追って集まってきたのでした。

三蔵法師が会場に着くころには、道俗の集まった人びとは五十余万人の多きに達したのでした。
ここでハルシャヴァルダナ王はガンガー河の北岸に幕営(ばくえい)し、南インドの王ドゥルヴァバッダ(杜魯婆跋●「口篇に屯」)は合流地点の西にに幕営し、クマーラ王はヤムナ河の南、花林の側に、もろもろの施しを受ける受ける人びとはドゥルヴァバッダ王の西に陣取りました。

翌朝、ハルシャヴァルダナ王はクマーラ王と軍船に乗りドゥルヴァバッダ王は象軍を従えて、おのおの儀衛軍(ぐえいぐん)を整えて、会場に集まり、十八の王はその次に陪列(ばいれつ)したのでした。

初めの一日は、施場の草殿内に仏像を安置し、これに上等の宝物、上等の衣服および美しい食事を布施(ふせ)し、夕刻まで音楽を奏し散華(さんげ)して夕方遅くそれぞれの営に帰ったのでした。

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