二十七、「王とのやり取り」

クマーラ王も慇懃に、

「もし師が私の所に住んで供養を受けてくだされば、師のために一百の寺を作りますが……」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と言って引き止めることをやめないのでした。
三蔵法師は諸王がなかなか許さないので、遂に次のような苦言を呈したのでした。

「支那国はここからはるかに遠い国で、仏法も晩(おそ)く入ってきたのです。その大略は分かっていますが細部については分からぬことばかりです。このために私はわざわざやってきて細部を尋究(じんきゅう)したのです。いま願を果たしえたのはも、みな本土諸賢の渇望(かつぼう)と深い誠(まこと)によるものです。そこで、私はこのことを忘れたことはありません。経典にも人法を妨(さまた)げる者は、まさに代々眼がないであろうとあります。もし玄奘(わたし)を留めるとすなわち本土の無数の僧徒に法を知る権利を失わせるでしょう。無限の報(むく)いが恐ろしくありませんか」

「いや私は師の徳を慕(した)い、いつも心から敬仰(けいぎょう)しているのです。しかし他人の益を損(そこな)うのはじつに心がかりです。仕方ありません。どうかご自由にお帰りください。しかし師はどの道でお帰りになりますか。師が南海から帰るのなら、私は使いを発してお送りしましょう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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