二十九、「王との別れ、中国国境へ」

三蔵法師は、経典と仏像をを北インドのウディダ(烏地多)王に託(たく)し、象に乗ってしずしずと進んだのでした。
のちにハルシャヴァルダナ王はさらにウディダ王に大象一頭、金銭三千を与え、銀銭一万を与え、三蔵法師の行費に供したのでした。

別れてから三日後、ハルシャヴァルダナ王はクマーラ王らとおのおの軽騎数百を将(ひき)いて、また追いつき、見送ってくれたのでした。
その慇懃な事はかくのごとくであったのでした。

そして摩訶●「りっしん篇に旦」羅(マハーマトラ)(唐の散官の類である)という達官(タルカン)余人を遣わしてくれたのでした。
すなわち王は、木綿布に手紙を記し、紅泥(こうでい)で封印し、達官はこの書を持たせて三蔵法師に随行させ、途中経過する諸国に乗り物を発して逓送(ていそう)させ、ついに中国の国境に至らしめたのでした。

プラヤーガ国から西南に向かってジャングルの中をゆくこと七日でコーシャンビー国に至ったのでした。
城の南にはゴーシラ(劬師羅)長者が施したという仏に園があり、その聖跡(せいせき)を三蔵法師とウディダ王は礼拝したのでした。
さらにウディダ王と西北に一月あまりで、数国を過ぎ、再び天梯(てんてい)の聖跡にお参りしたのでした。

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