三十二、「カピシー王」

そのとき、カピシー王はいつもはウダカカンダ城にいたのですが、三蔵法師がやってきたと聞いて自ら河岸で奉迎したのでした。

「聞くところによると、師は河中で経典を失われたそうですね。師はインドの花果の種を持っていませんか」

と尋ねた。

法師が「持ってます」というと王は、

「それで分かりました。激浪が船を傾けたのはそのためです。昔から花の種をもって渡ろうとする人はきっとみなこうなってしまうのです」

と答えた。

こうして王は、三蔵法師とともに都城に帰ったのでした。
三蔵法師は、ある寺に五十余日滞在し、経典の一部を失ってしまったので、さらに人を烏長那(ウジャーナ)国に遣わし、カーシャピア部(迦葉臂那)の三蔵を抄写させたのでした。
カシュミーラ王は三蔵法師がようやく近くに来たことを伝え聞いて、遠路をものともせずにやってきて礼拝し、数日間滞在し、帰って行ったのでした。

三蔵法師はカピシー王とともに西北に進むこと一か月あまり、藍波(ランパカ)国の国境に至ったのでした。
王は、太子を先に派遣して都人や衆僧に幢幡(どうばん)を整えて城を出て出迎えるように勅し、王と三蔵法師はそれからようやく進んだのでした。

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