三十三、「カピシー王との別れ」

そこで町に近づくと道俗数千人が出迎え、幢幡は多数、風にはためいていて、それは壮観でした。
人びとは三蔵法師を見ると歓喜して礼拝し、前後を取り巻いて賞(ほ)め讃(たた)えながら進んだのでした。
三蔵法師は都城にある大乗寺に泊まったのでした。
王はここで、七十五日の無遮大施(むしゃだいせ)を行ったのでした。

ここから正南へ十五日で伐刺拏(ヴァラナ)国に着き、聖跡を礼拝したのでした。
さらに西北に進んで阿薄健(アバカン)国に行き、また西北に漕矩●「口篇に屯」(ジャーグダ)国に行き、また北へ五百余里進んで、仏栗氏薩儻那(ヴリジスターナ)国に着いたのでした。
ここから東方に出てカピシーの国境に至ったのでした。
王はここでまた七日の大施を行い、その大施が終わってから三蔵法師はこの地を出発したのでした。
東北に一ヨージャナで瞿蘆薩謗(グローサバム)城に着き、ここでカピシー王に別れて北へと進んだのでした。

王は一人の大臣に百余人を将(ひき)いて秣(まぐさ)や食料を背負わせ、三蔵法師を送って雪山を越えさせたのでした。
山道七日で大きな山の頂(いただき)に着いたのでした。
その山 重畳として危峰(きほう)が立ち並び、複雑であったのでした。
あるいは平らかで、あるいは聳(そび)え、山容は一様ではなく、登陟(とうちょく)の難しいことは筆舌に尽くし難いのでした。
ここからはもう馬にも乗れず、杖をついて進んだのでした。

七日後に一つの高い嶺に着いたのでした。
嶺の下には百余戸ばかりの村があり、羊を飼っていたのでした。

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