四、「三蔵法師の言葉」 二

「しかし経典にも、もろもろの天部はその福徳に従って食物も異にするとあるではありませんか。いま法師はこの贍部(ジャンブ)におり、しかも仏はここに生まれ、中国に行き給わなかった。それゆえに私は辺境(へんきょう)を悪といっているのです。このように中国は福のない地であるからこそ、私は貴方(あなた)にすすめてお帰りにならぬほうがいいといっているのです」

「維摩(ゆいま)(無垢称(むくしょう))は、太陽はなぜ贍部洲に行くのかと問われ、その冥(めい)を除かんためであるといわれています。私が帰国したいというのもこれと同じです」

このように僧侶がすすめても、法師はなかなか従わないので、人びとは正法蔵(しょうぼうぞう)の所にゆき、くわしく法師の意中を語った。
そこで正法蔵は法師を呼んで、

「そなたの意中は定まったか」

と尋ねたので、法師は、

「この国は仏陀の生まれた所なので、私も愛し楽しんでいないわけではありません。ただ私がやって参りましたのは大法を求めて広く一般の人びとを助けんがためなのです。こちらに参りましてから、先生の『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』の教えを受けていろいろ疑問を解くことができ、聖跡(せいせき)を礼拝(らいはい)し、もろもろの部の深い学説を聞くことができました。まことに充実した旅で、私は心より喜んでおります。できますれば、お教えいただいたところを帰国して翻訳(ほんやく)し、有縁(うえん)の人びとに見聞させて師のご恩にに報いたいと思います。それで私はここに住みつきたいとはとは思わないのです」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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