四十三、「瞿薩旦那(クスタナ)国の王」

瞿薩旦那(クスタナ)国では風儀も正しく整っていて、他の諸胡とは異なっているのでした。
文字はインドの梵字(ぼんじ)にならい、わずかに改まっているのでした。
仏法を重んじ伽藍百か所、僧は五千人余りおり、大部分は大乗教徒なのでした。

そのおうは明知勇武(めいちゆうぶ)な人で、有徳(うとく)の士を尊敬し、みずから毘沙門天(びしゃもんてん)の胤(しそん)であるといっているのでした。
国王の先祖はアショカ王の太子で、はじめタクシャシラー国にいたが、のちに譴責(けんせき)されて雪山のむ北に追われ、やがて遊牧民となって水草をおっているうちに、この地方にきて都を定めたということでした。

王は久しい間子がなかったので、毘沙門天の廟(びょう)に祈ると、ある日、廟神が額の上に一人の子を産み出し、また廟の前の大地から不思議な味の液を出したのでした。
その液を味わってみると乳のように甘く、香(かぐわ)しかったのでした。
そこで王は、この乳をとってこの子を養ったところ、ついに成長して立派な男子になったのでした。
彼は王が崩(ほう)じたのち、あとを嗣(つ)いで大いに威徳を輝かし、諸国を支配するようになったのでした。
いまの王はこの王の後裔(こうえい)であるといい、先祖がもと地乳で育てられたので、于●「門構えに眞」(チータン)の正音は地乳(クスタナ)国というのでした。

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