五十三、「三蔵法師、帰路に着く 二」

于●「門構えに眞」(ホータン)の使人には勅(みことのり)によってその報酬を払おうとしたのですが、使人はこれを一切受け取らずに帰って行ったのでした。

やがて三蔵法師は、沙州に着き、またここから上表文を奉ったのでした。
当時、帝は洛陽宮におり、上表文がきて三蔵法師がようやく近づいてきたのを知り、西京(せいきょう)の太守(たいしゅ)、左僕射梁国公(さぼくやりょうこくこう)の房玄齢(ぼうげんれい)に勅して、宮司に出迎えと接待を命じたのでした。
三蔵法師は、天子が遼河(りょうが)地方に遠征軍を送らんとしていることを聞き、ゆっくりして間に合わぬことを恐れ、旅程を倍にして進み、たちまち運河に着いたのでした。

あまりに三蔵法師の到着が早かったので、宮司は迎えが間に合わず、三蔵法師の歓迎準備を設ける暇もなかったのでした。
しかし、この噂(うわさ)を聞いた人びとは自然に集まって来、三蔵法師を礼拝(らいはい)する人で町がいっぱいになり、非常な混雑を呈したのでした。
そこで進もうとしても進めなかったので、その夜は、運河の上で過ごしたのでした。

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