一、「三蔵法師、八歳の時の逸話」

三蔵法師の諱(いみな)は『木偏に韋』(き)、字(あざな)は玄奘(げんじょう)、俗性は陳(ちん)と言い、陳留(河南省陳留県)の人です。

父は慧(え)と言い、優れて魁夷な人で、また、雅やかなところもあり、若い時より経学に通じでいたといわれています。
この慧は出世欲は全くなく、当時の隋が衰え始めた時期だったので、彼は、古典研究に勤しんだとのことです。
彼は官職につく事を何度も地方政府から何度か命じられたのですが、慧は遂に官職につくことはなかったようです。
慧には四人の男の子がいて、その四男がのちの三蔵法師です。

三蔵法師は幼児のころからその人格が優れていたと言われ、また、利口なことこの上なかったと言われています。

よく知られている八歳の時の逸話で、彼の父である慧が『孝経(こうきょう)』を三蔵法師に教えていた時、「曾子(そうし)席を避ける」の句に至ると、たちどころに襟を正して立ったとのことだそうです。
父がその訳を聞くと、彼は、
「曾子(そうし)は師の命令を聞いて席を避けたと言われています。今私は、父の教えを聞いているのにどうして安座していられましょう」
と答えたので、父は大層喜び、この子は将来大人物になるに違いないと確信したという逸話が残っています。

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