十二、「三蔵法師の瑞兆(ずいちょう)、そして天竺へ向けて出立」

六二九年、秋八月、三蔵法師はいよいよ天竺へ向けて出立しようと決意し、その瑞兆を求めたのでした。
そうすると、夜中に次のような夢を見たということです。

《大海の中にスメール山(須弥山)がありました。山は四宝(金・銀・瑠璃・玻璃)でてきていて、非常に美しかった。法師は山へ登ろうと決心したが、周囲に怒涛がわきかえって、舟や筏(いかだ)もない。しかし法師は少しも恐れず意を決して水に入ると、たちまち石の蓮華が波の外に現れ、足の踏むところにつぎつぎと生じた。ふりかえってみると、足もとの蓮華は足に従って消えている。しばらく進んで山の下にゆくと、山は険しく登れそうにない。試みに身を躍らせて登ろうとすると、強風が下から吹きあげ、扶(たす)けあげられて山頂に着いた。あたりはすっきりと邪魔物もない。喜んでいるうちに夢はさめた……》〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

この吉兆を得て三蔵法師は、いよいよ出発することにしたのでした。
この時三蔵法師は二十六歳でした。

当時の長安は秦(しん)州の僧孝達(こうたつ)という人がいました。
彼は都で『涅槃経(ねはんぎょう)』を学び、学業が成って帰ろうとしていたところでした。
そこで、三蔵法師は孝達とともに出発し秦州に一泊したのでした。
ついでに蘭(らん)州の人に会い、また、彼に従って蘭州に付き、一泊したのでした。

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