二十五、「三蔵法師のお話」

三蔵法師は以下の通りに語ったのでした。
「私は洛陽(らくよう)に生まれ、幼いころから仏法を慕い、東西両京の高僧はもとより、呉や蜀の一芸に秀(ひい)でた僧に至るまで、すべて笈(きゅう)を負うて尋ね、その解釈を学び窮めてことごとく対談・討論し、現在一流との評をいただいています。もし、ただ自分を養い名を納めと欲するのならば、貴方のいう敦煌の法師にひけはとりません。しかしいま仏教の経典は欠けているところがあり、義の欠いたいるところがあるのが残念なので、安閑と生命を貪らず危険もはばからず、インドまでおもむいて遺法を尋求(じんきゅう)しようと誓ったのです。それなのにどうして檀越(あなた)は励ますこともなく、もっぱら引き返すことを勧めるのですか。労苦を嫌ってどうしてともに涅槃の因を植えるといえましょうか。かならず私を拘留しようと欲するのなら、どうか刑罰につかせてください。私はどんなことがあっても誓いにそむかず、東方へは一歩も歩みません」

王祥はこれを聞いて、いとおしむように答えた。
「私は幸いにも師にお逢いすることができて、随喜(ずいき)の至りにたえません。師はだいぶお疲れのようです。しばらく横になって夜が明けるのを待ってください。明朝私がお送りして、道を教えましょう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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