三十二、「高昌へ」

三蔵法師は胸中では可汗浮図城「かがんふとじょう」(天山北麓のジムサ)を経由して西方に向かおうと考えていましたが、高昌王に来遊を請われ、何度となく辞退したのですが、免れることはできませんでした。

そうして遂に高昌に赴くことになったのです。
南蹟(なんせき)を渡り、六日を経て高昌国の境界にある白力城(新疆闢展県)に至ったのでした。
その時にはすでに日は暮れていて、三蔵法師はここに止まりたいと思ったのですが、ところが、城中の官人や使者は、
「もう王城はすぐ近くです。お願いですから出発してください」
といい、しばしば良馬を換えて前進し、三蔵法師が乗ってきた、痩せた赤馬はあとから来させたのでした。

こうして、夜の鶏鳴のときに王城に着いたのでした。
門司(門番)は王に報告し、王は勅(みことのり)して門を開かせ、三蔵法師は城に入ったのでした。

王は侍臣とともに前後して燭を並べ、自ら宮殿を出て三蔵法師を出迎え、後院に入って二階建ての楼閣の豪華な帳の中に座らせて、大変丁重に三蔵法師に拝問したのでした。

「弟子(わたくし)は師の名を聞き、喜んで寝食を忘れました。道のりから考えて、今夜こそ必ず師が到着されることを知り、妻子ともに眠らず経を読んでうやうやしくお待ちしていたのです」
といった。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

このページの先頭へ