三十九、「いよいよ三蔵法師の出立」

こうして講義が終わりました。
王は三蔵法師のために四人の少年僧を給侍とし、法服三百具をつくり、また、西域は寒い地域が多いので、面衣、手袋、靴、足袋などを数個ずつ作りました。
また、黄金一百両、銀銭三万、綾(うすぎぬ)、および絹など五百疋(びき)を三蔵法師の往還二十年の経費にあてて、さらに、馬三十頭、手力(クーリー)二十五人を支給し、殿中侍御史歓信(でんちゅうじきょしかん)を遣わして、西突厥(とっけつ)の葉護可汗(ヤブクカガン)の衙帳(がちょう)に道案内をさせるのでした。

また、二十四の封書を作り、屈支(クチャ)などの二十四の国に宛てて、一封書ごとに大綾(大亮)一疋を贈り物として献上したのでした。
別に綾絹(あやぎぬ)五百疋と果物二車を葉護可汗に献上させたのでした。

そして可汗への手紙には、
「法師は私の弟です。仏法を婆羅門国に求めようとしています。どうか可汗よ、師を憐れむこと私を憐れむようにしてください」
と書いてあった。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

このように高昌以西の諸国に勅(みことのり)し、また、それぞれに?「烏編におおざと」洛(うらく)馬(駅馬)を給し、逓送して次の国にまで送るようにと要請したのでした。

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