四、「隋の滅亡、唐の成立」

浄土寺の厳法師(げんほうし)には『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』を学び、三蔵法師のその研究熱心なことに拍車がかかり、彼はそれに没頭するのでした。
彼はまた、一度講義を聞けばたちどころにその内容が理解できて、復習後には何の疑問も残すことなかったのです。

彼の理解力にその他の衆僧は皆驚いて、玄奘に最講述をさせるのでしたが、彼の読みも解釈も講師に微塵も違わずにその教えを尽くしていたのとことです。
この時より三蔵法師の素晴らしい名声や噂が発したのでした。

その後、隋は滅亡し、天下は騒然とした状態に陥りました。
都は悪者どもの巣窟と化し、河南地方も暴徒が群がり集まったとのことです。
管理や僧も逃亡して、街には白骨が転がっているほどの有様でした。

三蔵法師はまだ幼かったとはいえ、既に天下の擾乱を見抜いていて、兄に、
「ここは父母の村とはいいながら、今は混乱してこの有様です。どうしてこの地を守って空しく死んだりできましょう。私は唐の皇帝(高祖)が晋陽(しんよう)の人びととともにすでに長安にあり、天下の人びとが父母に従うように頼っていると聞きました。お願いですから貴男とともに長安に行きましょう」
といったのです。〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉
兄もその意見に同意し、長安にやってきたのでした。その年六百十八年のことでした。

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