三十四、「窟(いわや)での有様 一」

まもなくして、目指していた窟に到着したのでした。
窟は渓流の東側にあり、その入り口はというと西側を向いていたのでした。
中をのぞいてみると真っ暗で何にも見えなかったのでした。

すると老人が、
「師よ、ここからまっすぐに入ると東壁につき当たります。そこで五十歩ばかり後戻りし、其処から真東(まひがし)をご覧なさい。仏の御影(みえい)はそこからみえるのです」
といった。〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そこで、三蔵法師は、窟へ入り、足に任せて五十歩ばかり進むと、果たせるかな、東壁に触れたのでした。
そこで老人に言われたように引き返し、三蔵法師は真心を込めて礼拝したのでした。
このようにして百回あまり礼拝をくりかえしましたが、何も見えませんでした。
三蔵法師は内心、これは前世に罪障があるためかと、嘆き懊悩したのでした。
しかし、三蔵法師はさらに一心に『勝鬘(しょうまん)』などの諸経や仏を讃える偈頌(げじゅ)を誦(ず)し、仏を讃えては礼拝し、礼拝しては仏を讃えることを繰り返すこと百余回、やがて東壁をみると、鉢ぐらいの光が現れ、また消えたのでした。
三蔵法師は喜んで更に礼拝すると、また、槃(ばん)ばかりの大光が現れ、また消えていったのでした。

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