三十五、「高昌王との押し問答」

そう申し出た高昌王に感謝しながらも三蔵法師はこう答えたのでした。
「王の御厚意は、まったく私のような徳の少ない者に当たるところではありません。ただ私の天竺行きは、けっして供養を受けるために来たのではありません。私が悲しんでいるのは、中国の仏教教理はいまだに不完全で、経典も少なく闕(か)けていることです。私は疑い懐(いだ)き、惑いを集めて、仏の真蹤(しんしょう)を訪ねたいと思います。この旅行で命を西方で終わることがあっても、未聞の宗旨を請い、方等(「ほうどう」大乗仏教の経典の総称)の甘露をただ加羅(カピラヴァストゥ城)にそそぐのみでなく、微言(「びげん」精緻要妙の語)を決択してことごとく東方の国々に弘めたいとおもいます。私にとって波崙(「はろん」薩陀波崙の略、菩薩の名)が道を問うた志、善財(ぜんざい)童子が友を求めた心は、日に日に堅固になるばかりです。どうしてこの行を中途で止められましょう。どうか王よ、引き留めるという意を収め、私を供養しようなどと思わないで下さい」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉
と答えたので、とうとう押し問答になったのです。

このページの先頭へ